「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」と言われた清繭子さんが本を出した話
42歳、2児の母。ライター・清繭子さんが、不意に言われた一言から「何者かになる」ことの意味を再解釈。その答えは、母である私たちの背中を押してくれる。
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ママになっても、40を過ぎても、夢を見たっていい
「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」と
言われた清繭子さんが本を出した話
私にとって
「何者かになりたい=自分を気に入りたい」
ということ
学生時代から「何者かになりたい」と思ってきた人生でした。劇団員、刺繡アーティスト、保育士に映画監督。出版社に就職し、社会人になっても「何者か」を夢見て通信講座や夜間学校で学びました。成功と呼べる何かを摑めそうなものもあったけれど、会社を辞める勇気がなく、失敗を恐れるあまり、極める前に逃げ出してばかり。さらに根っから時間貧乏性の私は、「せっかく生まれてきたのだから人生楽しみたい」という欲も相まって、現状維持よりも新しい夢に関心が移ってしまうんです。
こうして数々の夢を手放してきましたが、小説だけは、母になっても、何度賞に落選しても、熱が冷めないまま書き続けています。
「今回の作品は受賞できなかったけれど、私自身が小説家としてダメだと烙印を押されたわけじゃない。書きたい物語のアイデアは、いくつもある」。きっと根底では自分に期待しているのだと思います。
とはいえ、いまだに小説家にはなれていない私。ある時ふと“何者かになりたい気持ち”の正体を考えました。すでに母であり、妻であり、ライターである。それでもまだ、何者でもないの…?
気づいたのは私は、小説家という肩書が欲しいのではなく、「もし小説家になれたら、自分をもっと気に入るなあ」という思いです。つまり誰かに認められたいのではなく、自分が自分を気に入りたいということなのだと。
大成できないのは“ママだから”
じゃなく自分次第だと気づけたから、
今も書き続けられる
母になると、自分の思い通りに進むことばかりではありません。ヘトヘトで寝落ちしてしまったり、子どもが急に熱を出したり…。しばらく会社員をしながら小説を書き、コンテストに応募していた私ですが、第二子が生まれ、育休から復帰すると、夢に向かうことが難しくなりました。朝書こうと思っても、子どもも一緒に起きてきてしまう。退社したらすぐにお迎え。夫の協力があるとはいえ、寝かしつけ後、ようやくパソコンに向かえるのは21時半。その時間も小説ではなく、仕事に充てることが多かった。母が夢を目指すには、時間の捻出が何よりの課題だったのです。
一昨年、新卒から17年間勤めた会社を辞め、フリーランスのライターに転身しました。このままだったら、いつか夢に向かえない理由を子どもたちのせいにしてしまいそうで…。少しでも背中を押してもらおうと、ファイナンシャルプランナーへ相談したんです。すると「清さんは90歳まで老後破たんしません」と。…まじ(笑)?
これが自信となり、決心しました。自分で仕事の量を決められる今は、水曜日はなるべく仕事を入れずに、“小説の日”にしています。小説を書いたり、図書館で本を読んだり。子どもが寝た後の時間も丸ごと小説のために使えるようになり、時間との葛藤は、一旦解決を迎えました。正直、年収は減少。けれど私にとっては、水曜日に図書館に行ける方の人生が合っていたし、明らかに今の方が子どもに優しくなれています。
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自分の人生に葛藤や欠落がなくても、
小説は書ける
それでも、小説家への道は厳しい。昨年、なかなか結果を出せない私にある方がこんなことを言いました。「子どもを産んだ人はいい小説が書けない。今じゃないのかもね、清さんは。別のやり方で小説を書くしかないのかもね」。
その時、はっきりと思えたんです。「そんなわけないだろ」と。むしろ、母になれたから、子どもたちと保育園から帰る道でゆっくりと夕日を眺めることができた。「ママ友」という、年齢も職業も歩んできた道も全然ちがう友達ができた。今できないことではなく、できることに目を向けようと決めました。
それに、たとえ子育てを優先し、頑張りきれない時間があったとて、人生80年と考えればそれは一瞬。長生きしてその時間を取り戻せばいい。そんな思いを書いたnoteが昨年末に大バズり。記事を読んだ作家の村山由佳さんから、「号泣した」と感想が届きました。子どものいない村山さんは「産んだらもっといい小説が書ける」と言われてきたそうです。すでに素晴らしい小説をいくつも書いてきた村山さんの話を聞いて、子どもがいるから〇〇、いないから〇〇というのは、根拠ゼロの言葉だったのだと思いました。
そして、なんとnoteが編集者の目に留まり、エッセイ集として刊行できることに!タイトルは『夢みるかかとにご飯つぶ』。私、子どもの食べこぼしでしょっちゅう靴下にご飯つぶがくっつくんです(笑)。でも、そんな自分がイヤじゃない。「かかとにご飯つぶをくっつけたまま、夢みたっていい」そんな想いを込めました。奥にはママ友たちへのリスペクトがあります。
私には、育児に全力を注ぐママ友も、自分の趣味に邁進するママ友もいて、それぞれ“お気に入りの自分”で人生を楽しんでいます。何かを成さずとも、自分で自分を気に入っていれば、すでに“何者”なんですよね。
今もなお小説家を目指す私は、あの時あの人が「今じゃない」と言った理由を考えます。今の私の人生には重い苦悩や欠落や葛藤がないから、いい小説が書けないの?心が満たされていてはダメなの?
いや、そうではないと声を大にして言いたい。小説は苦しみや悲しみから生まれるだけではないはずだから。楽しいことや面白いこと、嬉しいことが子育ての毎日には溢れている。私が書く小説ではそんな暮らしを投影して、「この世界っていいものだ」と伝えることを諦めたくないんです。
これから先の人生で書いていく小説もきっと、バッドエンドはないだろうと思っています。
清繭子さん(きよしまゆこ)
1982年生まれ、大阪府出身。出版社で編集に携わったのち、小説家を目指してフリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」で「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。今年、『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビュー。
エッセイ集
『夢みるかかとにご飯つぶ』(幻冬舎)
“母になっても、40歳になっても私は「何者か」になりたいし、自分に期待していたい”。2児の母が会社を辞め、小説家を目指す、無謀かつ明るい生活。人気連載を手がけるライター清繭子さんが、エッセイストになるまでの話。
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撮影/中田陽子〈MAETTICO〉 取材・文/藤井そのこ 編集/本間万里子
*VERY2025年1月号「子どもを産んだ人はいい小説が書けないと言われた清 繭子さんが本を出した話」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。